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on(197×年6月4日)
道東在住。
山はのんびり、植物を愛でながら歩く。
速さにもピークハントにも興味がない。
と、こだわりを見せつつも、
初心者ではないが初級者である。 
スキーの経験もないのに
テレマークスキーのかっこよさに憧れ、
ひょんなことからテレデビュー。
デビュー1ヶ月後まさかの骨折。
骨折しても懲りもせず次シーズンにはまた練習開始。
今もまだ練習…山に行けるレベルは遠い。
いつまでもテレマーカーになれず、
最近はアルペンに買い替えようかなという弱気な一面もあり…
アルペンなら滑れると思ってるのか?という友人の言葉のビンタをくらい、それは保留。

2016年から2年間の働きながらの進学で山もスキーのも遠ざかっている現在。


それでも、“明日死んでも後悔しない人生”を座右の銘に、
自分らしい選択を続けて積み重ねていく所存です。

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想い出を語る会

釧路市医師会看護専門学校 准看護学科

私が在籍していたときは医師会附属准看護学校でした。

准看護学科の閉科式が3日、同校体育館で開かれ、約半世紀に及ぶ准看護師養成の歴史に幕を閉じた。

同校の准看護学科は1966年4月に釧路市医師会附属准看護学校として花園町に開校。

85年釧路市医師会病院の開設に伴って幣舞町に移転した。

一方で、2008年には道立釧路高等看護学院の閉校に伴い、釧路市医師会看護専門学校が開校。

准看護師の養成機能も同校に移管することが検討されたが、

費用負担などから存続が断念され閉科が決まり、この日卒業した第45期生が最後の卒業生となった。


ということで、同窓生により“想い出を語る会”が催されました。

こういうの、メンドクサイ方なので参加しないタイプなんですが、

なんか気が向いちゃって、出ることにしたのです。

働きながら学校に通っていたので、

授業は居眠りばかり。

先生にも反抗していたし、よく教務室に呼び出されたし

学校辞めようかと思ったこともありました。

所属していた医院の勤務が本当にきつかったので、

根性なしの私がよくやったなと…今思えばあの時あの若さだったから出来たことだなと思います。

私は31期なんだけど、

同期の参加者がいるのかも当日までわからず。

1203170004.jpg

31期は自分含め7人の参加でした。

まあまあいた方かな?

今は子育て中で仕事してない子もいたし、

教職につくという子もいたし…

進学した子とこれからという子と…

予定してない私と…

いろいろ思うこともありましたけどね。

「今どこで働いてるの?」

って、何気ないひとことなんだけど。

総合病院だからすごいわけでも、

個人病院だからかっこ悪いわけでも、

手取りが多いから能力が高いわけでも、

低いから無能なわけでも…

ないんじゃないの?

私は今の仕事が好きで。

職場の仲間も好きで。

だから准看だし、臨時職員だし、給料もそんな高くないけど、

責任持って本気でやっています。

病院のネームバリューで、「すごいね」なんて言って欲しくないし。

全くすごくないし。

道東は病院少ないから大きい施設は限られてるけど。

対抗するように「私この前まで○○にいたの」

って言った2個上の先輩…

悲しくなったな、なんか。

どこで働いていても、

私は私なのです。

あなたはあなたなのです。

勝ちも負けもないけど、

そんなに気にするなら私は負けでいいよ。


14年ぶりに会った先生たちは、

学生時代よりずっと優しく見えました。

そして小さかった。

先生ってこんなに小さい体だったっけ…?

白衣でツカツカツカと歩いて、

こらああああと怒鳴る先生はあんなに大きく見えていたのに。

がっちり手を握って、

「頑張ってるんだって?知ってるよ、聞いてるよ」

って微笑んでくれたM先生は今も私の名前を覚えていてくれた。

2000人以上の学生を育てあげたのにね。

よくわからない挨拶なんかはざわめいていた参加者たちも、

M先生の最後の挨拶だけはシーーーーンと静まり返った。

やっぱりね。

そうだよね。

一瞬涙で言葉が詰まったM先生。

ナースとしてよりも、

教員として生きた。

だけど先生が育てたナースたちがそれぞれに、

先生の看護を実践しています。

一人のナースがナースとして関わる患者様の数×2000人超。

誰でも出来ることじゃない。

先生は偉大です。

ありがとうございます。

お疲れ様でした。
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Comment

No title

初書き込み?おじゃまします。
読んでたら、涙出てきそうな感じでした。そうそう、病院だろうが、どこであろうが自分が好きな仕事で精いっぱいやってるならそれでいい。わたしもそう思う。
M先生。素敵な先生だったんですね。患者数×育てたNs数。素敵な仕事だ。ありがとう。

あずさん

そうですね、初かも!
myordinarydays さんとこで絡んでいた感じですもんね。
今回感じたことはどの仕事でも通じる精神論的なものなんですけど、
看護師の仕事の特殊性を勘違いしがちな人って悲しいかないるのが現実ですよね。
だから余計にただの“自分”でいられる山の中が気持よかったりします。
M先生はほんとに怖い先生で、学生時代は微笑んでもらうことなんてなかったと思います。
それでも卒業してからは困ったら会いたくなる、相談したくなる、そんな先生です。

No title

うんうん
いいお話でした

今日はジ~ンときました~~~

客員研究員さん

学生時代があまりにもつらかったので(笑)

私も当時を思うといろんな気持が蘇ってしまったのです。

No title

こんなに気持ちが伝わってくる文章がサラっと書けてしまうなんてすごいなぁ。
負けでいいって思えるonさんが素敵です。今日は涙もろい一日でした^^

sashieさん

若いときはとんがって(笑)いたので、

何が何でも“勝ちたい”人間でした。

今は

負けて勝つ、

が私の座右の銘なのです(笑)

生身の人間としてその場所に存在した時にこそ、

誇れる自分でいたいなあと

ふんわり思っていたりします。

まだまだ修行が足りませんが…えへへ。

こんにちは

お久しぶりです。

母校がなくなるって淋しいですね。
私は幸運にもまだ小学校~大学まで残っていますが。
高校が移転し、跡地を見ただけでも淋しさを感じます。
(移転してから一度も行ってないし・・・)

仕事で釧路市医師会&看護学校と随分深く関わりました。
何となく感慨深いです。
ご苦労様&お疲れ様といいたいですね。

北のかもしかさん

e-441ちょっとセンチメンタルな感じになってしまいました…

あの頃があるから今の私がある…

と思うと、“かたち”が消えていくのは寂しいです。

お仕事で…そうでしたか~e-441

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